「呑まなくてもいい」か「呑んではいけない」か

こんにちは。
薬情報コンサルタントの関口詩乃です。

今日はAlto Sax を始めてから10年目の演奏会だったのですが、ずっと自分に禁止していた事を、やってみました(^^;

学生時代から、「酒を呑んだら楽器を持たない」を徹底してきました。

本番に限らず、たとえ合宿の夜の余興であっても、練習であっても、
「呑んだら持つな、持つなら呑むな」
を徹底していました。

楽器は時代により変われど、酒を吞み始めてから今まで、ずっと自分に課してきました。

演奏や楽器というものに対峙する自分の姿勢でもあり、尊重でもあったのですが…。

 

だけど、もういいかなって思ったんです。

というより、自分が一番楽しく演奏や楽器と付き合えるようにしよう、と。

 

「呑まない方が楽しめる」
なら呑まなければいいけれど、

「まだ演奏が終わってないから呑めない」
と、義務でも仕事でもない場で思うなら、呑んでみたらどうだ?って思ったんです。

 

気持ちが変わったからか、アルコールの緊張緩和効果かは定かではありませんが、

「演奏が自由になった」

と言われました(^^)

演奏だけでなく、お酒に対しても、「呑む」「呑んではいけない」以外の「呑まなくてもいい」っていう選択肢ができて、より自由になった感じがします。

 

多分、ココに至った要因が2つあります。

ひとつは、お酒との付き合い方が変わった事です。

私にとってお酒って、長い事「手段」でした。

関係性を作る・強める、情報入手、気分転換等、
「雰囲気やお酒そのものを楽しむ」ため
以外の目的のために飲んでいる事が多かったのです。

お酒も心身に大きな影響を及ぼす物質であるなら、本来の「楽しみ(※)」の為以外で使うのは、薬情報コンサルタント的に、薬を乱用してるのと大差ないな、と思ったのです。

※お酒は嗜好品です。
嗜好品:風味や味、摂取時の心身の高揚感など味覚や臭覚を楽しむために飲食されるもの(Wikipediaより)

その事に気がついてから、呑み方が変わりつつあります。

 

もうひとつは、先日、SJF(札幌ジュニアジャズスクール)の小学生と一緒に演奏して、「音楽って、自由に楽しむのに許可も時期もないんだな」と思った事です。

私が小学生の頃、音楽を習うといったらクラシックでした。

まずはピアノのような音程がしっかりしている鍵盤楽器で、正確な音程や正確なリズムなど、演奏の基礎となる技術や音の基準を身につけて、楽譜に正確な演奏ができるようになる。
そんなことが最初の目標でした。

これ、間違いではないと今でも思います。

綺麗な音で正確な演奏をするにはとても大切な事ですし、誰かと音楽を作っていくときには必須です。

でも…まず「演奏で表現する事自体を楽しむ」から覚えてもいいんだな、と、吹奏楽団の小学生とは全く違うノリや表現を持つ彼らを見て、妙に納得したんです。

管楽器、特にC調以外の楽器を小学1年生からやるのもアリなんだな、という事にも思い当たりました。

 

そんなことを思った時に、自分の中にある「音楽に対する発想の枠」に気づきました。
本当は、音楽って、もっと自由なものだったはず、と思ったのです。

 

「呑まなくてもいい」なのか「呑んではいけない」なのか。

「呑まない」という行動は一緒ですが、かなり違いますね。

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